SCRAP & BUILD

すべてのボクのようなロクデナシのために

船で福島第一原発沖まで行ってきた / PEC福島TRIP② 2013.7.7

 
PEC福島TRIP2日目は、
「船で原発沖にいく」
「富岡町見学」

原発沖にいけるのは、もちろん初めて。めちゃくちゃレアな体験や!
富岡町は去年12月にちょろっといったきり。
あれから半年以上経つ、どうなっているのか?



7月7日、朝6時発のいわき行きのバスに乗るため、
寝不足、二日酔いの皆が集合!

そんな中、一向に到着しない歩さん。
携帯は電源入ってないし、ホテルにもおらんし、
打つ手なしで、結局歩さんなしで行くことに。



















 
 

ほぼ貸切のバスの車内で全員爆睡。
気がついたらいわき駅前。

こっからはマイクロバスで移動!



 
















マイクロバスの運転は、富岡町出身の遠藤さん。

以前は富岡町でホテルをやられていたが震災の被害をうけ、
現在は新たに会社をつくり、お弁当・仕出し料理をされているそう。 
ちなみこのマイクロバスは、ホテルのお客さんの送迎用で使われていたもの。

遠藤さんのリアルなトークで、眠気も酔いも一気に吹っ飛ぶ。







 

 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 




福島の町名聞いても、場所分からん人おると思うから、地図をどうぞ。

国内で3番目に面積広いらしい福島は、(ちなみに1位は北海道、2位は岩手)
浜通り中通り会津の3つのエリアに別れてる。



























太平洋側の浜通りを拡大したのがコレ。


























今回船にのるのが、いわき市の北にある久之浜
大熊町にある福島第 一原発まで30キロ圏内の港。
富岡町に第二原発
広野町に火力発電所がある。


港に向かって走っていると、草の生えた土地に建物の基礎部分が。
津波の被害を受けた場所だと一目で分かる。




















久之浜漁港につくと、新たに案内役として藤田さんも合流。

藤田さんと遠藤さんは、今までに何度も案内をされているということで、
話が具体的で分かりやすく、芯のある人柄が伝わる。
 




















今回 乗船する釣り船「長栄丸」
原発沖までいくことは、海上保安庁にきちんと伝えてあるとのこと。

 


































キャップをかぶっているのが、船長のひろくん。

去年の12月と今年の3月にやった「福島元気祭」っていう除染ボランティア活動で知り合った縁で、現在試験操業しか出来ない福島の海で、船にのせてもらえることになった。

震災時ひろくんは、船にのり沖に出て津波にのまれていく町を眺めていた。
陸にいた当時1歳半の愛娘を失い、いまだ見つかっていない。

たくさんの悲しみを背負っているだろうに、俺たちに笑顔で接してくれる。

俺たちがやった除染ボランティアって意味がないとか言われたり、やる必要ないと思う人もおるやろうけど、こういったひろくんのような人も参加して認めてくれてることってのがひとつのやる意味の証明でもあると思う。


 

















皆で船に乗り込み、ガイガーカウンターで空間線量をチェック。
放射性物質は水より重く沈むから、海上の線量は高くないとのこと。


















船がはしりだし、間もなくすると、広野火力発電所が見えてきた。


















原発もそうやし、ここも東京電力のもの。
関東の皆、マジで福島に世話になっとるで!

ここの一番新しい5号機の燃料は「石炭」なん。
だいぶ前に「石油を使わず石炭でいこう!」ってことで、
新規の火力発電所を石油メインで作るんは禁止になってたみたい。

「石炭」って、炭鉱の閉山とかのイメージから、もうそんなに使われてないと思ってた。
ほんま知らんことだらけやわ。

 
 
 
発電所に近づくにつれ思ったこと。

埋立地につくったらしいが、低すぎへんか?
こんなんやったら、 大きい津波来たらやられるやん。






 




そのまま航海。

写真は、ガレキの仮置き場?
このあと、いくつか見かけた。
遠目でわからんかったけど、頑丈なんかな?

潮が満ちたら、結構近いとこまでいきそう。
石巻地盤沈下とか味わったから、より感じてしまうんかな?






























広野火力発電所から北へ9kmほど行くと、
福島第2原発が見えてきた。

このあたりは、0,023μSv/h。
東京と変わらん数値やね。

 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 


海から見た福島第2原発

左の高い建物が原子炉。
その手前が、色々コントロールしたりするとこ
非常用ディーゼル発電機とか入ってるとこらしい。






















 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 

これが爆発とかせずに済んだのは、なんとか電源が確保されてたからで、
非常用のディーゼル発電機も浸水で使えんくなったのもあったし、
ギリギリセーフっていうぐらいらしい。

東電のHP分かりやすかったで。 
福島第二原子力発電所はなぜ過酷事故を免れたのか


ここも海抜低いような、、、
こんだけ低いんなら、低い方がええことがあるんやろうな。
 


























船の上で、ひろくんと原発の地下水を海に流出することで、
地元漁師の賛成を求められているという話をした。

「漁師の意見がOKで、それでよしとするなら漁師の責任になる。
それはおかしいだろう!」というひろくん。

帰ってきた時、ちょうど、原発の地下水がニュースになっていた。


福島第1原発地下水セシウム濃度急上昇 東電「理由わからない」 フジテレビ系(FNN)

「5日に水を採取。セシウムの量は309ベクレル(1Lあたり)だったが、
8日に採取したところ、約90倍の2万7千ベクレルに増えていた
9日採取した地下水から、3万3千ベクレル放射性セシウムを検出したが、
東電は「セシウムが3日間で上昇した理由や、海への影響はわからない」としているとのこと」


これは海側の地下水の話で、ひろくんと話していた建屋より山側の地下水ではないが、
まぁまだまだ東電も分からないことだらけで、こういうことも起こりうるなら
下手なことはせんで欲しいもんです。





走り始めて1時間程、第2原発から約10km北上。

ついにあの福島第一原子力発電所に!
船からの距離は2キロきってた。

いまも収束に向けて、多くの人が動いてくれているのだろう。
































ちなみに、この辺りの空間線量は、





















写真は左から4号機、3号機。
損傷により原子炉建屋の高さが違う。


























































帰る時も真剣に見つめる皆。それぞれ思うところがあるのだろう



















 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 


今回の感想でまずくるのが、「全部、海抜低いなぁ」てこと。
「近くまでいってもっとないんかい!」って言われそうやけど。

長いこと時間かけて収束さしていかなアカンやろうに、このままでええんかな?
日本のどこよりもまっさきに堤防いるんとちゃうんかな?
まぁでも賢い人たちが考えてるやろう。
いやその人たちを信用しすぎてたから、こういうことになったんやしなぁ。


今まで「原発のリスク・再稼働かどうか?」「放射能汚染とは?」ってとこに気がいきがちで、今ある原発のことはまだまだ考えれてなかった。
 
この福島TRIPから帰ってきてから、東京電力のHPを見たら、
結構分かりやすくまとめてて、参考になった。

よかったら見てみて。
<東電HP> 福島第一原子力発電所事故の経過と教訓


俺の頭じゃ、この情報が全部が真実かどうか分からんけど、
FacebookTwitter上の「危ない!危ない!」ってだけじゃない情報があるかもよ。

ちなみに、俺が見た目で単純に気になった敷地の高さとかに関しては、
想定してた津波は最高6.1mやったらしい。


↓この画像は東電HPにあったもの

 







 




15mとか高い場合のも、ちゃんと試算してたけど、対策はせんかったらしい。

今は何mを最高とした対策をやってるんやろう?
まさか6.1のまんまかなぁ?
日本中の他の原発はどうなんかも気になってきた。
福島から帰ってきて、更に気になりだしたことを調べたりしてると、
どうしても更新に時間がかかってしまう。

長くなったんで、「富岡町見学」は次回に!




 
 
 
 
 

福島元気飲み会/ PEC福島TRIP① 2013.7.6


7月6,7日の土日に福島に行ってきた。

今回は、「PLAY EARTH CLUB」の仲間とのツアーとして。


俺が24才の頃から、沖縄で自給自足の村づくり、
インド、ジャマイカで学校づくり、
石巻、福島でボランティア活動やらと、
この10年程、色んなことを一緒にやってきてる「高橋歩」。

その高橋歩をはじめとする「地球を遊ぶ仲間たち」が集まった面白いクラブが、
「PLAY EARTH CLUB」通称「PEC(ペック)」。

俺は「またたび」以外に、この「PEC」のManagerとして、運営やら何やらやってるん。



「地球で遊ぶ日本人の俺たちは、福島のことを自分の言葉で語れた方がいいでしょ!」

「TVとかで「福島が」って聞いた時、友達がいれば「あいつのとこが」って思えるでしょ!
これからの福島を考えたら、まずは友達をつくることからはじめるのっていいんじゃない!」

ってことで企画したのが、今回の1泊2日の福島TRIP。




初日は、「福島元気飲み会」と題し、
全国から集まったPECのメンバーをはじめ、
福島在住の友達たち、福島を応援する仲間たちなどなど、
元からの友達やこの日はじめて出逢う人たちも集まった飲み会。

会場は、「福島のソウルフード」と紹介され、
福島に来る度に通ってる老舗の居酒屋「鳥政」

「鳥政」っていうのに、鳥料理じゃなく、
ホルモン焼きと餃子がメイン。

















ホルモンを食べ、瓶ビールを飲み、
続々と集まる皆と乾杯!



ちょっと飲み会に集まったメンツを紹介。


俺たちが福島とがっつり関わるきっかけとなった男「平学」


 
 
 
 
 
 
 
 
 

学さんは、福島駅前でスノーボードスケートボード、サーフィンのショップやイベントをやっている福島の横ノリ系第1人者。

6日・7日は、代々木公園で「earth garden」っていうイベントがあり、
そこに福島ブースで出店もしていたが、この飲み会のために福島に戻り参加。

今は、子どもたちが思いっきりカラダを動かして遊べるよう
室内にスケートボード、クライミング、ダンスなどが出来る
「インドアパーク」の建設に向け奮闘中!




この幸せそうなおじさんは、
福島市大波地区にある成願寺の佐藤俊道住職。通称「としちゃん」

















去年の12月に10日間かけてNPOオンザロードの活動として
「福島元気祭り」と題し、「除染」をした時に知り合った。

いつもユーモアある挨拶には学ぶことがいっぱいある。
再会できて嬉しかったなぁ。



 そして、その除染活動のための資金を国から集めてくれた
福島大学経済学の奥本教授。通称「おっくん」

























地元は大阪やが、福島に赴任して15年。
サーフィンが好きで、色々な活動をしている。

いっつも酔っ払って話が長くなる愛すべき人。


などなど1人ひとり紹介していくとキリがないが、
福島はホント面白い人とたくさん出逢え、
それぞれの繋がりも深く一緒にいて気持ちがいい。


「福島元気祭」の映像を流し、酒も進み、
それぞれ繋がり、いい話もでき、
盛り上がっていい空気に!








 
 
 
福島GIRLたちに、ちゃっかりまたたびの宣伝も!!
 


 
 
 
 
 
 




 集合写真!




























2次会は、震災後にオープンした「Bohemian福島」に。
この店は沖縄からの仲間「けいすけ」が店主。
カウンターだけの小さな店内に溢れる人。



















去年、沖縄ビーチロックビレッジで会った奴らが
日本一周中でBohemianを訪れ、偶然の再会もあった。

どんどん夜もふけ、福島唯一のクラブ「NEO」に流れたり、
なんだかんだ3時過ぎまで飲んで、
 Bohemian福島の2階で皆で雑魚寝。

明日は、6時起きでいわき市まで行き、
漁船にのって原発沖をクルージングや!

(続く)








Change the World


ドラえもんの道具で「もしもボックス」ってあるん知ってる?

最近見んくなった公衆電話ボックスみたいカタチで、
受話器に「もしも◯◯やったら」っていうと、
実際その世界になるんよ。





















俺は人間って「もしもボックス」みたいな機能あるって思ってるん。
願ったことを行動していきゃ実現する。

まぁキチンと実現するかどうかってのは、願うモノによって変わるかも知れんけど、
思ってることによって、少なくとも世界の見え方は変わるよな。



「もしも」って言葉、子どもの頃からよく使ってた。

「もしも俺が親やったら・・・」
「もしも俺が教師やったら・・・」
「もしも俺が先輩やったら・・・」
「もしも俺が警察やったら・・・」
「もしも俺が政治家やったら・・・」

皆も経験あるんちゃうかな?

旅してて、面倒くさいボッタクリとかにあった時も、
「もしも俺がこの国に生まれてたら・・・」
って考えたら、結構納得できることも多いし、
仕事でも人間関係でも、相手のことをちゃんと想像するって大事よな。


俺はたまに色んなお題を設定して、自分なりの策を考えたり具体的な妄想をしたりするん。

「もしも」って言葉をネガティブじゃなく使ってみると、
自分は何が嫌か、問題に思ってるか、甘えてるか、
自分が何もんかをくっきりさせてくれる。


「もしも俺が世界を変えれるとしたら、どう変える?」

こんな質問を自分にしたことあったん。

戦争、差別、貧困、環境問題、いじめ、病気、、
色々な問題あるよね。

どの問題も出来たら解決したいし、
俺は自然が好きやから、特に自然環境のこととかが気になりやすいんやけど、
自分にとっては壮大で、妄想がすぐストップしがち。

ただ、そういう問題がこれ以上大きくなるよう加担せず、
ヤバイって知ってるのに動かないってことばっかで過ごすのも辞めて、
一歩でも、微力でも、解決に向かう生き方をしておきたいとは思うん。



前置きが長くなったけど、
「どういう店にしようか?」と考えた時、
こういったスタンスを大事にしたいってのはあったん。

のんのがもう少し大きくなり、
少しずつこの世の中のことを知っていった時、
親として胸をはって生きていたいしね。

























安い・便利だけを追求し、工場で色んなもん混ぜて作られたものより、
出来るだけ関わってきた人の顔の見えるもの、
安心で想いのこもったものを使いたい。

食べて飲んで、カラダが健康になるものを
世界のどっかの誰かが困らないものを。

そういった意味で素敵ものを提供する店はいっぱいある。

これから創る店は、そっから更に、
来た人の人生・ライフスタイルに影響を与えるとこまでいきたいなと。

別に人の価値観を何から何までひっくり返したいとかじゃなくて、
こういうのもあるって知ることによって共感する人がうまれ、
もっと楽しく気持ちよく生けるような仲間が出来たら嬉しいだけ。

「正しさの押し売り」はしたくない。
そういう人や場ってのは、俺も苦手ですぐ出たくなる。
団体行動とか、すぐ抜けだしちゃうし。

キラキラした瞳で真面目に来られたりしたら、
つい避けちゃう時あるけど、自分の中では色々考えたりってあるん。


俺が気持よく考えれる時ってどういう時か振り返ったら、

キャンプをしてて自然満喫してる時に、
「やっぱ自然って大事やなぁ」って思ったり

美味しいもんを味わった時に、
「こんな美味しいもんがある地球に感謝やなぁ」とか

自然に即した素敵な生き方してる人と出逢って、
「こういう風に生きたいな」って憧れたり

そのものの良さを味わってる時には、
気持よく「やっぱ大事やなぁ〜」って思えるん。

自分の店でも、そういった時間をどんどん創っていきたい。

東京に長く住んでしまうと生き方がカチカチになりがちな気がして、
そういう人に会うとほぐしたくなるんよね。



これからやる店は、
想いのこもった自然なもんを美味しくだす。

そして、飲食をする場としてだけではなく、
大好きな音楽ライブをしたり、
色々なイベントを開いたり、
コミュニティが出来ていく空間。

そういうのは、今までのまたたびでもあったんやけど、
もっと濃く深くしていこうかなと。

店の全てに俺の好きなもんを落としこんで、こだわりしかない店にしたい。

やりすぎて儲かりにくい店になるかも知らん。
でも、俺がいいと思ってるもんを、
いいと思う人はいるはず。

旅とか野外パーティーとか行ったりすると気づくんやけど、
俺が好きなことを実践してる人や共感する人ってたくさんいる。

世の中の多数派ではないんかもしれんけど、十分いると思うん。




なんか長くなってきたわりに、
思ってることまだまだブログに書けてないけど、
これからの店のスタンスみたいなとこがちょっとでも伝わればええな。

具体的に、どういうもん出していくかも、
ちょっとずつブログに書いていくわ。

これ以上真面目なんは恥ずかしいけど、
ここまで来たら、これだけはブログで宣言しとく!


これからやる店の俺の中のテーマは、


「Change the world」

大人たちにステキな今を!
子どもたちにステキな未来を!
世界を変える!!
まずは自分から!!



Positive?Negative?Active!!


またたび1人になって、もうすぐ2ヶ月。
(実際はあいちゃんがいるけど、元々やってた3人が1人にってこと)

店をやってりゃよくある話とはいっても、
いざ我が身に起こると、想像よりダメージ食らったね。

全部のことに予兆がないわけじゃなかった。
気づいてはいたが、ごまかしごまかしやっていた。

ヒビが入った状態は、ちょっとした衝撃で一気に砕けた。




5月の頭に1人になる決断をしてからは、思考タイム。

またたび続ける?辞める?

こっから2ヶ月は日本とびまわるし、
週末店をあけられへん。
このまま店続けたら、まず支払いができへん。

スパっと辞める?
またたびがなくなるんは嫌や!

またたびを続けることが1番大事?
そろそろ家族と一緒に住みたい。
そしたら東京じゃなくなる。

東京を出てもいいけど、この出方は嫌や!
やり遂げて出たい!
今まで全部そうして来たやろ!

やり遂げるってなんや?
さんざん自由に店やって、借金も返せた。
もう何のマイナスもないし、
ここで辞めてもプラスでしかないやろ!

それは分かるんやけど、
ただ自分の中でスッキリしない。

なら、いつまでや?
そもそも、もう東京飽きてたやんけ!
麻由もやめたらって言ってる。

金の為に店やるんか?
それは違う。そもそも稼ぐだけならちゃうことしてる。

店を経営してる奴って、周りにカッコつけたいから?
そんなこと、俺のかっこ良さの基準に入ってない。

こんなしょうもないコトで終わりにしたくないっていうただの意地なのか?
正直ちょっとはある。
意地ってそんなに悪いもんか?
意地をええ方向に使え!

辞めてしまえば楽になる?
楽になるためだけに生きてるわけじゃない!

直感?頭?
どっちであっても自分や!

やるべき?やりたい?
麻痺してる時は、今の現実に飲まれてるだけ。
肌で分かりにくくなったら進むしかない。

鈍くなって来た時は、
まず動けば、感覚は鋭くなる。

動けば分かる。
動けば変わる。





ちょっと冷静になり振り返ってみると
店で起こる問題っていまんとこ全部、想像の範囲内というかベタな問題やった。

これは昔から自分が考えこんでしまった時に思うようにしてることなんやけど、

「こんな悩みなんて、人類の歴史で考えたらベタベタで、
先人たちが余裕で乗り越えて、解決策もだしまくっとる!」

改めてこのことを確認して、
自分と十分向き合ったら、結局
「さぁそこで俺はどうしよう!」
って思えるようになる。

俺がワクワク出来んかったらやらんでいい。
こっからどないすれば、ワクワク出来るか?

まだ店でやりたいことある!

俺がイイって思ったことを、もっと発信して
俺の好きなもんを好きって奴が
もっと周りにいる人生を生きたい!

俺がイイと思ってること全部やって、ダメならダメでしゃーない。
やったらワクワクするかもってことを、やめる理由なんてない。

店に1人でいる時は、何度か思考がループしながらも、
またたびをやる覚悟は決まった。

さぁどうせやるなら、どないやるか?



Into the Story

 

さぁブログを始めよう。

東京下北沢で「またたび」という酒場を初めて2年半程たつ。

まぁ自由にやってきた。

ロクな看板もださず、一見さんはまず来ない。
友達か紹介でしかくることはないから、
一緒に席に座って酒を飲んでは酔っぱらう。

眠くなったら寝て、起きたくなったら起きる。

何か面白い誘いがあれば、すぐ店を抜け、
震災後は、宮城に3ヶ月行ったり、
ピースボートで3ヶ月世界一周。
年に数回は、沖縄や北海道をはじめ、行きたいことに行く。

店として常に課題はあったが、
貪欲に追求することはなく、
のらりくらりとやってきた。

またたびの給料は、
利益がでたらみんなで山分け。
「海賊スタイル」ってやつなんかな?

大金ではなかったが、
自分のモノはほとんど買わんし、
家族にちょこっと生活費を渡し、
たまに外食や家族旅行が出来た。


店はじめる時に、最初に借りたお金も返せたし。
人と比べたり、普通とか考えたりせんかったら
この働き方で、この暮らしが出来てるって
スゴイことやなって改めて思ったり。


この店にせよ、旅でも結婚でも、
万全の状態になってから行動するより、
とりあえずまずやってみる。いってみる。

そりゃ何かを初める時って、
「今じゃない」もっともらしい理由はスグ浮かぶけど、
俺が好きな人ってのは、
「準備して不安をなくして」って人より、
「とりあえずやってみる!」っていう人。

そういう人に憧れ、自分もそうやってきた。




今年になって、店の仲間が1人抜け、2人抜け、
1人になった。



 


まぁそれぞれ事情があり、
俺がカッコつけて別れたのもあり、
1人になった今、
「さぁこれからどないして生きていこうか?」
という時期なわけです。

このまま「またたび」をやっていくのか?
店を閉めて、家族とゆっくり過ごすことも出来る。
新しい土地に移ることも出来る。

生活費ぐらいは、なんとかなる自信はある。

何かと選ぶと何かを捨てることになる。



こういう時は、20才で大学を辞めると決断した時のことを思い出す。

「人生1回きり、いつ死ぬか分からん」
「安定を求めるより、不安定に強くなろう」
「器用に生きてくより、夢中に生きていこう」

選択の基準は、その頃から何も変わってない。

自分が物語の主人公になると、どんな逆境もチャンスでしかない。

頭の中を文字にすることで、
自分を客観的に見て、自分の真ん中を確認するため、
応援してくれてる人に素直な気持ちを伝えるため、
ブログをはじめてみます。










WANTED ~もうひとりの木村智史を捜して~ 2010-07-27 10:23:49

18歳の頃、当時大阪に住んでいたオレは、夜な夜な遊びまわり、
女の子との出会いを求める日々を送っていた。

その日は、友人と3人、朝まで遊んで、収穫ナシ。
不完全燃焼なオレは、まっすぐ家に帰る気になれず、
ダラダラと街を歩いていた。

すると、駅のロータリーに、献血の車が止まっていたので、
「たまにはイイことしとくか!」と、人生初の献血をすることに。

献血の前に、簡単なアンケートがあった。
「十分に睡眠をとりましたか?」
「食事はとりましたか?」
もちろんロクにとってなかったが、体力には自信もあったし、
せっかくやる気になったんで、答えはもちろん「はい」

アンケートの後半には、
「不特定の異性と関わりをもちましたか?」
この質問って、いわゆるそういうコトよな。
まぁ、せっかくやる気になっていたんで、
答えはもちろん「いいえ」と嘘ついた。
(どうしようもナイ男ですいません。過去のことやから)

数時間後、
もう眠ろうとしていた時、
携帯に、番号非通知で着信が。
電話をとると、『献血センター』からだった。

一瞬で目が覚めた。
「もしかして病気? HIV??」

すると、献血センターの人は、
「あの~千葉県で献血したことありますか??」

千葉県なんて、行ったこともない。

「え~木村智史さんですよね。」

「はい、そうですけど」

「木村さんは、1979年の10月23日生まれ、A型ですよね」

「そうですが、献血したの、初めてですよ」

「あれぇ? そうですか、、、あれっ、、、失礼しました。」

その時は、「なんやったんやろな?まぁ病気じゃなかったって
ことならよかったわ。」ぐらいで終わった。


それから5年、23歳の頃、
バイクをとばして警察に捕まった俺は、パトカーにのった。
免許を持っていなかったオレは、パトカーの運転席の横にある機械で、
個人情報を照合するために、名前と生年月日を伝えた。

真っ黒の画面に、蛍光緑の文字が並ぶ。

名前、生年月日、住所と交通違反暦。

あれっ、住所が千葉県になっている??

警察に、その場所に住んでないし、違う人間だという旨を伝えると、
画面が切り替わり、オレの違反歴が表示された。

警察が一言、
「キミの方が違反多いなぁ」

こうして、全てがつながった

オレには、同姓同名・同じ生年月日、血液型の人間がいることを。


それからというもの、千葉県の人に出会うたび、
『木村智史』を知っているか聞いてきた。
何度か、Googleで検索もしてみた。
未だ、『木村智史』と出逢えていない。

もうひとりの『木村智史』に逢ってみたい。

ほとんどの占いが一緒の結果になるソイツは、
どんな生き方をしているのか??

性格とか似てるのか?
全然違うなら、占いはあたらんってコトを証明できるな。

オレよりカッコよかったら悔しいな。
カッコ悪いのも、なんか悔しいな。
気が合うなら最高に面白いな。

ということで、
木村智史(キムラサトシ)捜してます。
1979年10月23日生まれの30才、千葉出身。
情報求ム!

jamsatoshi アット gmail.com

※ こういう捜し方をしては??こういう出逢い方がロマンチック!!などの意見も募集します。
ちなみに、誕生日10月23日に、サプライズでソイツ登場、ふたりを祝うとかもええなぁ。